埼玉県北西部に位置し、周囲を高い山々に囲まれた自然豊かな秩父盆地。明治から昭和にかけて、この地で人々の暮らしを鮮やかに彩った着物。「ちちぶ銘仙(めいせん)」は秩父市が誇る伝統的な絹織物です。

この織物の特徴は、布地の表と裏に区別がないこと。当時は日常着として着物を頻繁に着るため、どうしても表面が薄く色あせます。この織物は裏返して仕立て直せば、まるで新品のように再び袖を通すことができました。ものを大切にする暮らしの知恵が詰まった、当時としては画期的な着物だったのです。

歴史ある銘仙のものづくりの背景を求めて、西武秩父駅から徒歩10分の場所にある「ちちぶ銘仙館」を訪ねました。

西武秩父駅を下車
「ちちぶ銘仙館」の看板を目印に進みます
ちちぶ銘仙館入り口
秩父市の象徴、武甲山が背景に映ります
アーチが印象的な玄関口
ちちぶ銘仙館、藤原 麻理子さんにお話を伺いました
歴史ある建物が刻む、ちちぶ銘仙が再び脚光を浴びた「2013年」の転機

「ちちぶ銘仙」の歴史は、今から約100年前、大正から昭和初期にかけての黄金期にまで遡ります。色鮮やかなデザインは全国の女性から、手軽なおしゃれ着として人気を集めました。

人々の装いが着物から洋服へと移り変わる頃、1930年に「埼玉県の繊維試験場」として、この建物は建築されました。その後、秩父市政施行50周年記念事業の一環で、織物の展示会が実施されます。その経緯から、2002年に「ちちぶ銘仙館」として改修オープンすることに。伝統を伝える新たな拠点として、館の歴史を歩み始めました。

館内で目を引くのは、著名な建築家フランク・ロイド・ライトが考案した「大谷石(おおやいし)積み」の外装です。一歩足を踏み入れれば、そこには昭和初期のモダンな装飾が今も息づき、訪れる人を一瞬でタイムスリップしたような心地にさせてくれます。

かつて、ここを訪れるのは地元の高齢者の方々が中心でした。展示された銘仙を前に、当時の記憶を重ねて涙ぐむ人の姿も。地域に深く愛される一方で、全国的な認知度としては「知る人ぞ知る場所」という時代が続きました。

大きな転機となったのは2013年、ちちぶ銘仙が「国の伝統的工芸品」に指定されたことでした。これを受け、行政やNPO、学校教育などが一体となった町おこしが本格化。SNSでの発信や地域おこし協力隊による地道な活動が実を結び、銘仙の魅力は再び脚光を浴びることになります。

今、その熱量は海を越えて広がっています。国内はもとより、アジアやヨーロッパなど世界各国から、秩父が誇るものづくりを一目見ようと多くの人々が訪れるようになりました。

見る、知る、体験する。銘仙づくりのすべてがここに
順路に従い、館内を回遊します

施設内は、ちちぶ銘仙の歴史紹介から製造工程の現場を見学できます。 最大の魅力は、ここが単なる「資料館」ではなく、今も現役の「工房」としての機能を持っていること。地元の職人が今もなお、この場所をものづくりの現場として活用しています。展示物としてではなく、現役の「仕事場」として大切に守られている空間には、職人たちの手仕事の気配が漂っています。

展示は、繭(まゆ)を糸にする工程から、染め、織りへと至る一連の機械や設備が展示されており、糸が美しい布へと変わるプロセスを見通せます。さらに、見るだけでなく自分たちの手で伝統を感じられる「織り・染め」の体験プログラムも充実しています。

順路が記載されている、館内フロアマップ

館内は8つのエリアに分類され、銘仙の歴史から一着の着物になるまでのプロセスを学ぶことができます。黄色く塗りつぶされているエリアは体験が可能な場所です。※事前申し込みが必要

①展示資料室

②糸繰室(いとくりしつ)

ここでは「繭引き(まゆびき)」の見学が可能です。グツグツと湯気の立つ鍋で繭を煮て、繊細な一本の糸を引き出していく伝統的な光景を間近で見ることができます。

  • 見学日: 毎月第2土曜日
  • 時間: 11:00 / 14:00(各回・予約不要)
③整経場(せいけいじょう)

④型彫室(かたほりしつ)

⑤捺染室(なっせんしつ)

⑥手織体験室

⑦染場・染め体験室

⑧裂織(さきおり)体験

秩父銘仙の伝統を次世代へと繋ぐ「織物教室」では、生徒さんが丁寧に銘仙を仕上げる姿を間近に見ることができます。3年間の本格的なカリキュラムに励むのは、現在8期生となる7名。 卒業後の進路は、自らブランドを立ち上げ起業する方や、グループで作品づくりを続ける方も。それぞれの形を模索しながら、ちちぶ銘仙の魅力を発信し続けています。

  • 見学日: 毎月第2・3・4土曜日
  • 時間: 10:00~12:00 / 13:00~15:00(各回・予約不要)
ギャラリー

銘仙館のメインイベントと言えるのが、ギャラリーで展示される企画展です。取材時の2026年3月現在は、「近代の美を織る 解し模様銘仙展」を開催中。 実際に仕立てられた銘仙の着物や、貴重な資料など、約60点が並びます。各展示には分かりやすい解説POPが添えられており、リピーターの方も多い見応え抜群の展示内容です。 ※現在の企画展は2026年4月11日(土)まで。

売店では、ちちぶ銘仙館ならではのお土産が揃います

一歩踏み込んで見つける、玉虫色の色彩

ちちぶ銘仙の美しさを支えているのは、職人たちの細やかな色選びです。何色もの候補から「試し織り」を重ねて選び抜かれた横糸が、独特な玉虫色の輝きを生み出しています。

縦糸を固定する、仮糸を指差す様子
鮮やかな色味の銘仙
約1400本ある縦糸すべてが、綜絖(そうこう)を通っています
織り機で横糸を織り込む様子
縦糸が上下に開きます
織り上げた様子
横糸を複数の色味で何種類も試したサンプル

館内を巡る際は、横糸が起こす「色の変化」に注目してみてください。展示される着物の前でそっと足を止め、角度を変えて光の当たり具合を確かめてみる。そうすることで、職人がこだわり抜いた色彩の深みを、より鮮明に感じ取れるはずです。

寄贈された銘仙が物語る、着物ストーリー
黒系の横糸を使用した銘仙の着物

ちちぶ銘仙館で展示されている着物の多くは、一般の方々から寄せられた寄贈品です。一着一着には、当時の暮らしや家族の記憶が背景として残されています。

以前、ある女性から一着の銘仙が寄贈されました。 戦時中、出兵を控えたお兄さんが「妹に着物を買ってやりたい」と、百貨店で購入したものだといいます。寄贈にあたって女性は「数十年も前のものですし、本当に秩父のものかどうかは分かりません」と話されていました。銘仙館の職員が生地の切れ端を詳しく確認したところ、秩父市で製造・販売を行っていた織元の製品であることが判明しました。

幸いにもお兄さんは戦地から無事に戻られたとのことで、この銘仙は長らく大切に保管されていたものでした。銘仙館に並ぶ着物の背景には、こうした思い出が積み重なっています。

アルバムを開くような懐かしさと、歴史的なものづくりを感じられる場所

ちちぶ銘仙館は、着物好きの方はもちろん、ものづくりに触れたい方や、秩父観光のついでにふらりと立ち寄る方など、どんな人でも温かく迎え入れてくれる場所です。

地元の方にとっては、当時の記憶を呼び起こす「アルバム」のような懐かしさがあり、旅行者にとっては、この地の文化に深く触れる「銘仙館ならではの体験」が待っています。ここで過ごす時間は、秩父という街の魅力をより深く、鮮やかに感じさせてくれます。

今、銘仙の産業は、かつてのような巨大な産業の姿にそのまま戻すことは難しい時代かもしれません。それでも、歩んできた歴史を絶やすことなく、今の暮らしに馴染む新しいカタチでつないでいく。

秩父のものづくりを大切に守り続けるこの場所で、ちちぶ銘仙館はこれからも、歴史ある建物と共に静かに時を刻み続けています。

ちちぶ銘仙館

〒368-0032 埼玉県秩父市熊木町28-1

Tel: 0494-21-2112

Web サイト: ちちぶ銘仙館

春(5月)秋(10月)冬(1月-2月頃)にイベントを実施しています。

詳細はWebサイトにて、最新情報をご確認ください。