写真| FUJI FILM X-Pro3 + XF18-55mmF2.8-4 R OIS

浮かんで、屋根まで飛んだ。

しゃぼん玉を見ながら、ぼくはまるで毎日の日常のようだと、頭の中で思う。言葉の羅列もそう。浮かんでは消えて、それを文章にして記録しなければ、大抵のことは脳で受け入れられず、ゴミ箱に入ってしまう。箱の中は空になり、記憶はシャボン玉の泡のごとく、パチンと弾け、空気と混じりあう。

文字に起こさなければ、いずれ忘れてしまう記憶は、まるでしゃぼん玉。なんでもない日常は文章にしなければ、長男も忘れるし、きっとぼくも数年後には忘れるだろう。そのために、こうして日常を記録している。

長男は最近、しゃぼん玉で遊びたがる。何故か聞いたら、きっと理由はないって答えそうだったから、聞かなかった。五歳を迎えてから、長男は自我に磨きがかかっている。大変だと思う事が段々と少なくなってきたけど、相変わらず相手をするのは、体力がいる。ときどき、仕事よりも大変だと感じる。

先日、同世代のお父さんと話す機会があって、「自分の時間はありますか?」と問いかけた。すると答えは、『自分の時間はないけれど、この時期だけの、子供との時間を楽しんでいる』とおっしゃった。まるで、模範解答なような答えだった。

そう、そうなんだよね。すぐ時間は過ぎていく。今を精一杯、過ごそう。頭の中で考えながら、しゃぼん玉が風に吹かれる姿を見送った。