自分の命が、もし今日パタンと終わるとしたら、あなたならどうしますか?
心臓発作が起きるかも分からない。交通事故に遭遇するかもしれない。大震災が起こるかもしれない。ロケットが落ちてくるかもしれない。
どうするもなにも、命が終わってしまったら考えることはできない。だから考えようがない。不安を抱えて生活するより、違う考えが必要になる。
日本人の平均寿命は、男性が81歳、女性が87歳とされている。世界最高齢者の記録としては、フランスのジャンヌ・カルマンさんが122歳164日。日本人の最高齢者としては、2024年12月29日に116歳で亡くなった兵庫県芦屋市の糸岡富子さんが挙げられる。
先日、うちの祖母の話を書いた。改めて、平均寿命と重ね合わせた。この年代の方々は、たくましい。自分の寿命は、いつ終わるのだろうか。正直、私はこの年まで生きる自信はない。
公園で遊ぶ子供たち。寿命の話題に関しては程遠い場所にいる彼ら。この子たちは命について、「しんだーうおー」などと発言する。死ぬことへの理解は、悲しいことではなさそうだ。小学一年生の長男は、楽しそうに死と向き合う。
その日、公園で遊んだ。「そろそろ帰ろう」と長男に声がけ。夕方五時のチャイムが鳴り響く。しかし、彼らの耳には届かない。遊びを続ける子供たち。
子どもを育てる親なら経験があるだろう場面。「また明日にしよう」は、不思議と彼らに響かない。小学生になって、やっと言うことを聞いてくれるようなってきた長男。(昔は五時のチャイムがなると同時に泣き叫んだ)彼らは常に、今を生きている。今、遊びたいのだ。
親の立場でいえば、迷惑である場面。しかし視点を変えると、子どもの「いま、やりたい」は今を精一杯生きている証なのだという見方もできる。
大人も、子どもと同じように生きよう。考えすぎず、この今を精一杯生きる。そんな生き方もあっていいじゃないか。予定を変更したら、大変なこともあるかもしれない。しかし、それはその時だ。考えれば、なんとか対応できるものだ。
一日が終わって布団に入って寝るとき、「今日も精一杯、できることをやったな」と納得して一日を終えたい。それを繰り返す。いつ急に人生が終わるか、誰にもわからない毎日だから。